思ったよりもある、情報を得る、発信することの格差
- 2017.10.31
- 田舎暮らしの気づき
京都丹波に住んでみて感じることの一つ。
それは、日本の中に思ったよりもある
情報格差
というもの。
「情報格差」と言っても、
漠然としているので、
もう少し、意図を正確に書きますと、
情報は調べれば誰でも手にできるけど、
調べることへの当たり前のレベルの格差
ということ、
さらに、
情報を発信することも、
個人でできるようになったけど、
その発信への意欲の格差
ということです。
例えば、農業や林業。
私は別にその業界のプロではありませんが、
農業生産者や林業で独立を目指す方と話していて感じるのは、
日経ビジネス
日経新聞
などに乗っている業界情報ですら、
キャッチしていない方もいますし、
(キャッチしている方もいますので、悪しからず)
販路が欲しいと言いながら、
ご自身の経験からの視野でしか考えていない、
という方もかなりの割合でいます。
(もちろん、視野の広い方もいます、悪しからず)
ドイツの名宰相、オットー・フォン・ビスマルク
ビスマルクの有名な名言
「愚者は自分の経験に学ぶと言う。
私はむしろ他人の経験に学ぶのを好む」
なんて言葉を出すまでもなく、
目の前の課題と格闘しているのは自分だけじゃなく、
世の中に多くの格闘している仲間がいるわけです。
なら、なぜその人たちの発信している情報
あるいは、それを整理してくている情報というものに、
私たちは、目を向けないのでしょうか。
都市でビジネスをしながら
格闘している人たちに比べると、
「情報格差」
があるな、と感じるわけですが、
こうやって書いていると、
そもそも、誰にでも当てはまること。
もちろん、私も、
まだまだ情報を調べる、ゲットする能力が足りませんし、
まだまだ情報を発信するスキル、習慣も足りません
ので、自分に言い聞かせつつ・・・
しかし、「情報格差」を
私、菊池ごときでも感じるわけだから、
それだけ京都丹波には可能性が眠っている
ということです。
もちろん、これは、
他のエリアについても言えることではないでしょうか。
そして、個人差でも言えることかと。
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